官邸幹部は「金食い虫だった防衛分野が金を稼ぐ時代になるかもしれない」とも。
2026年6月号 POLITICS

オーストラリアが導入を決めた海上自衛隊の「もがみ型護衛艦」(HPより)
「株価の過熱ぶりが怖い」。高市政権幹部がこう漏らしたのは、史上最高の日経平均株価をたたき出したゴールデンウイーク明けの5月7日。中東情勢の緊迫化で、一時5万1千円割れした株価だが、その後は足腰の強さを見せ、6万円台を突破。再び上昇基調に回帰した。株高を支える「高市銘柄」の代表格といえるのが防衛関連株だ。
4月21日に政府が武器輸出ルールを厳格化していた「5類型」を撤廃すると、三菱重工業や川崎重工業、IHI、東京計器、豊和工業といった防衛関連株の株価は急騰した。5類型撤廃は輸出の原則自由化を意味するだけに、海外展開の道が開かれたことで「防衛産業が息を吹き返す」と投資家の思惑が先行する。年末の安保3文書改定で防衛費増額の方針が決まれば、防衛関連株のさらなる“爆上げ”もささやかれる。
好材料はそれだけではない。高市政権は防衛産業を首相肝入りの「戦略17分野」の一角に位置付け、日本成長戦略会議の下にワーキンググループを設置。防衛産業への投資促進に向けた具体策を検討している。官邸幹部は「これまで金食い虫だった防衛分野が金を稼ぐ時代になるかもしれない」と目を輝かせる。
歴史を振り返れば、戦前の日本は武器輸出大国だった。軍需産業を発展させようと武器輸出の商社をつくり、小銃や大砲、弾薬を幅広く海外に売り込んだ。第一次世界大戦では、列強国のフランスやロシアが日本の武器を頼りにするなど一定の成功を収めていた。
ある自民国防族議員は武器輸出の議論に当たり、「戦前日本の軍需産業がどう成り立っていたのかを検証した」と明かす。当時と政治体制や安保環境は違うとはいえ、日本が世界の武器市場にどう乗り込んだのかは参考事例になりうるというわけだ。
とはいえ、戦前に比べて現在は明確な弱みがある。それは戦後日本が一度も実戦を経験していないという点だ。
「価格は高いが高性能」というのが国産武器の謳い文句だが、“実戦未経験”の事実はいかんともしがたい。さらに日本は戦後80年以上、武器輸出で海外勢と本格的に渡り合ってこなかったブランクがある。実績豊富な米国や中露、欧州にイスラエルといった海外勢を押しのけて市場を新規開拓するのは容易ではない。
そもそも、企業側も本音は海外展開を必ずしも歓迎しているわけではない。岸田政権で防衛費がGDP比2%に増額され、自衛隊向けの特需が生まれたため、わざわざ海外に乗り出さずとも売り上げを十分確保できる環境にあるためだ。海外に本気で売り込みをかけるには数億円ともいわれる資金や人手を投じなければならないという事情もある。
過去にはトラウマもある。約10年前には新明和工業が海上自衛隊で採用されている水陸両用飛行艇「US-2」をインドに売り込もうと現地に事務所を構え、一時は契約確実と報じられたものの、価格や製造条件が折り合わなかった。
防衛産業関係者は「新明和の一件で下手に海外に手を出すのはリスクだと知れ渡った。今は何もしなくても自衛隊向けの注文が来るのに、身銭を切って外に出る殊勝な企業があるものか」と冷ややかに話す。こうした懸念を払拭しなければ、折角の5類型撤廃も無駄に終わりかねない。
政府・与党も手をこまねいているわけではない。年末までに安保3文書の改定と、「防衛産業戦略」の初策定に踏み切る方針だが、この中で輸出促進に向けた司令塔組織の創設を検討している。
現状の国内の輸出推進体制は課題が山積みだ。2014年に防衛装備移転三原則を制定し、武器輸出が本格化するとの見方もあった。しかし、完成品の装備品輸出に結び付いたのは、これまでフィリピン、オーストラリアの2例にとどまる。
装備行政を統括する防衛装備庁が15年に設置されたものの、企業の海外展開を支援する能力が十分に備わっているとは言い難い。武器輸出に必要な手続きを所管する省庁が装備庁、経産省、外務省など複数にまたがっている弊害もある。ある重工系メーカーの営業職は「輸出案件を装備庁に相談しても、『経産省の回答次第ですね』と当事者意識が薄い。ワンストップの窓口が欲しい」と漏らす。
武器輸出額で世界トップ10入りしている韓国は、「防衛事業庁」が強力な司令塔機能を持っている。こうした海外の事例も参考にしながら、日本政府は来年以降、司令塔機能を担う新組織を装備庁に設け、輸出推進体制を大幅にテコ入れする方向で検討を進めている。
与党内では販売の実働部隊として、半官半民の商社をつくる案も浮上する。米国や欧州では軍需産業の統合再編が進んでチャンピオン企業が生まれており、体力で劣る国内企業がバラバラに勝負を仕掛けても勝機は乏しい。
日本にとって貴重な輸出の成功体験といえるのが、事業総額2兆円規模といわれるオーストラリアへのもがみ型護衛艦能力向上型(新型FFM)の売り込みだ。オーストラリアとの間では過去にそうりゅう型潜水艦の輸出に失敗した経緯があり、再び敗れれば「国産武器は競争力がないと見なされ、世界で売れなくなる」との危機感が日本政府内にあった。
新型FFM売り込みに当たっては、関係省庁、自衛隊、三菱重工などの事業者で構成する官民合同推進委員会を設置。そうりゅう型の一件では、企業と政府の足並みが揃わなかった点が敗因と見なされていたことから、「オールジャパン」(中谷元・前防衛相)の体制で強敵ドイツとの受注競争に挑んだ。
奥の手も使った。オーストラリア側の選定作業が本格化すると、吉田圭秀統合幕僚長(当時)はオーストラリアメディアの取材に応じ、新型FFMの配備について海自よりもオーストラリア海軍を優先すると異例の発言をした。選定にプラスに働くことを期待しての仕掛けだったのは誰の目にも明らかだった。こうした官民軍のトライアングルでの努力が実り、受注に至ったが、今後は新型FFMの成功体験をどう再現していくかが課題となる。
武器輸出のための司令塔組織と半官半民の商社が誕生すれば景色は変わる。「もの一つ売ったことがない公務員に商売ができるのか」と疑問視する向きもあるが、組織さえできれば人が異動してもノウハウは蓄積されていく。政府の本気度を見せることで、海外展開に二の足を踏む企業の背中を押す要素にもなる。
つまるところ、5類型撤廃はスタート地点に過ぎない。 「死の商人」 などとの武器輸出によるレピュテーションリスク(風評被害)を恐れる企業意識を変えるには、時として荒療治も必要だ。世界での競争力を高めるため、防衛産業の再編統合を求める声も政治家サイドから上がっている。変化のスピードについていけない企業は戦線から落伍していくだろう。過熱する防衛関連株だが、投資家が思い描いた通りの展開になるのか、まだ先は見通せない。