元役員が複数のインサイダー容疑で逮捕。証券取引等監視委は驚き呆れ、「極めて重大悪質な事件」と怒り心頭。
2026年4月号 DEEP

屋台骨に大穴(三田証券のHP)
DISRUPTORS(創造的破壊者)――。
年末年始の挨拶代わりだろうか、こんな表題の小冊子が一部の関係者に配られた。英語で記された副題を訳すと「日本のコーポレートガバナンス改革」。我こそがガバナンス改革の旗手、とでも言いたげだ。
80ページほどのコンパクトなブックレットには、90年代後半から続く上場企業と株主との攻防戦が生々しく綴られている。古くは村上ファンドが仕掛けた昭栄や東京スタイルへのTOB。さらにはゴルフ場大手のPGMホールディングス(HD)によるアコーディア・ゴルフへのTOBや、HISや外資ファンドも参戦したユニゾHDの買収合戦。締め括りはニデックによるTAKISAWAへの同意なき買収だ。
著者は「K・MITA」なる人物。イニシャル表記ではあるが、もはや察しがついている読者も少なくなかろう。正体は三田証券の3代目社長にして中興の祖である三田邦博氏だ。冒頭の小冊子は、邦博氏が毎月発行してきたニュースレターの抜き刷りをまとめたもの。言及されているディールは、三田証券がファイナンシャル・アドバイザーやTOB代理人を務めたものも少なくない。
しがらみのない独立系故、波風を立てたくない同業の証券会社が尻込みする案件を果敢に手掛けてきた歴史は称賛に値するだろう。資本市場への背信がなければ、という但し書き付きではあるが――。
2月2日、東京地検特捜部は三田証券の元取締役投資銀行本部長など3人を金融商品取引法違反の疑いで逮捕した。三田証券はニデックが進めていた牧野フライス製作所への同意なき買収に関して、TOB代理人業務を請け負う契約を進めていた。発表によれば、元取締役らは24年8月にTOBの事実を知り、牧野株を約23億5千万円で買い付けた。典型的なインサイダー取引であり、これだけでも言語道断だ。
だが、事態はこれで終わらなかった。特捜部は20日に3人を再逮捕したのだ。罪状はやはりインサイダー取引だが、今度は東洋証券だ。三田証券は東洋証券と秘密保持契約を結んでいたが、増配の決議を予定していると知るやいなや、元取締役らは公表に先んじて東洋証券株を約5億円分買ったという。
三田証券は「組織的な関与は確認されていない」「自己勘定口座や顧客口座が利用された事実はない」などと弁明するが、証券取引等監視委員会の幹部は「市場の公正を著しく害する極めて重大悪質な事件だ」と怒り心頭だ。買い付け額の巨額さもさることながら、市場の公正性と透明性を守る証券会社、それも役員が関与していたとは驚き呆れる。
そもそも三田証券とは何者か。創業は1949年と老舗だが、90年代までは東京と大阪を拠点とする一介の地場証券に過ぎず、個人向けのリテール営業が柱だった。平成バブル崩壊後は山一証券が自主廃業し、株式委託手数料も自由化された。既存のビジネスモデルでは生き残れないと判断した三田証券が目を付けたのは、大手が二の足を踏むニッチ市場であった。
三田証券にとっての「第二の創業」は98年。日興証券の営業マンだった邦博氏が入社した時から幕を開ける。舞台は東証二部に上場していた日産自動車系サプライヤーの桐生機械(現・キリウ)だ。三田証券が自己勘定で持っていた桐生機械株には多額の含み損が発生していた。そこでファンドと組んで桐生機械を非公開化し、潤沢な純資産を吐き出させてレバレッジをかけ、再上場させる策を思い描いた。当時はハゲタカ、今で言えばプライベート・エクイティファンドの手法そのものだ。
結局、桐生機械は01年にユニゾン・キャピタルをホワイトナイトとしてMBOを実施。三田証券の野心は潰え、含み損はそのまま実現損として財務を傷つけた。それでも、その後の三田証券の運命を決定づける出来事となった。
三田証券のTOB代理人業務への参入は07年に訪れた。中古車販売のカーチス(現・レダックス)の株式約48%をリーマン・ブラザーズ証券からノンバンクのSFCGが取得するにあたり、形式的なTOBを実施した。従業員の大多数が反対する手前、大手証券は代理人業務を拒否。そこで三田証券にお鉢が回ってきたというわけだ。
その後は09年の株券電子化により、地場証券でも代理人業務が容易になったことから、厄介な買収案件の請負人たる三田証券の存在感は高まる。手続きの迅速さや手数料の安さを武器に案件を獲得し、12年にPGMHDによるアコーディア・ゴルフへの敵対的TOBではPGM側についたことで知名度を高めた。
昨年には3Dインベストメント・パートナーズやアセット・バリュー・インベスターズ、シルバーケイプ・インベストメンツなど、アクティビスト主体のTOBでも代理人業務を引き受けていた。
従業員数100人足らずと小規模経営ながら、敵対的買収者やアクティビストにとっての「駆け込み寺」となっていた三田証券。だが、人の行く裏の道を進むあまり、証券会社としての道をも踏み外してはいなかったか。26年に入っても旧村上系ファンドのレノから養命酒製造のTOB代理人を引き受けているが、今後は機密情報が筒抜けになることを警戒した顧客離れが起きかねない。
裏街道を走るのは三田証券だけではない。同じく都内の中堅証券である立花証券も、やはり99年の株式手数料自由化を機にアクティビストファンドなどとの信用取引を拡大させた。最近では千葉銀行と千葉興業銀行との経営統合でも暗躍。ありあけキャピタルが立花証券から信用買いしていた千葉興銀株を現引きし、銀行法が定める上限いっぱいの20%弱まで議決権比率を高めたのち、千葉銀に転売したからだ。
近年は三田証券よろしくTOB代理人業務も手掛けている。昨年にはバッファローの牧寛之社長がBASEに、エフィッシモがソフト99にTOBを行った際にはいずれも代理人を務めた。そんな立花も、25年4月、高齢者への不適切な勧誘を理由に金融庁から業務改善命令を受けた。
皮肉にも、同意なき買収の代理人業務はかつてほどタブー視されなくなっている。AZ―COM丸和HDによるC&FロジHDの買収にはみずほ証券が、台湾ヤゲオによる芝浦電子への同意なき買収には三菱UFJモルガン・スタンレー証券が、それぞれ買収者側に助言した。大手証券であっても、大義があれば是々非々で判断する時代が到来したのだ。
会社側に嫌われることを承知で、ヒール役を演じてきた三田と立花。それが地場証券として生き残る術だった。だが、両社がひた走ってきた裏街道は、もはや裏ではなくなりつつある。地場証券の生き残る道が狭まりつつある中で下された処分。引導を渡される日は近づいている。