2026年2月号
POLITICS
[「暗闇の森」を歩く]
by
園田耕司
(朝日新聞政治部次長)

驚異的な戦果を挙げた軍事作戦を称賛するトランプ(1月3日)
「我々はモンロー主義をもはや忘れることはない。我々の新しい国家安全保障戦略(NSS)のもと、西半球における米国の優越性について二度と疑問を持たれることはないだろう」――。
トランプ米大統領の仕掛けた、ベネズエラのマドゥロ大統領の拘束をめぐる米国の軍事作戦は、新NSSで謳った「モンロー主義のトランプ系」(トランプ氏はこれを「ドンロー主義(the Donroe Doctrine)」と呼ぶ)の遂行にある。トランプ政権は勢力圏とみなす西半球における自国の権益を確保するため、対立国のレジームチェンジ(体制転換)を図った。国際社会にとって、中国やロシアが力による現状変更を試みる緊迫の局面のさなか、既存のリベラル国際秩序の形成を主導してきた米国がその役割を放棄し、国際法を無視して隣国を攻撃した衝撃は大きい。今回の米国による軍事作戦は、西半球という地域にとどまらず、大国が中小規模国家の運命を決める「力がすべて」という新たな帝国主義的世界を作り出すゲームチェンジャーとなる可能性がある。

深夜の首都カラカスを急襲(米ホワイトハウス動画)
「衝撃だった。ロシアのプーチン大統領がウクライナに侵攻したようであり、決して正しいやり方ではない」。今回の軍事作戦をめぐり、元民主党政権高官は筆者の取材に対し、こんな強い憤りを見せた。
ベネズエラの首都カラカスのマドゥロ氏の居宅を深夜に複数の米軍ヘリを使って急襲し、同氏とその妻を米国へと連れ出す大胆な軍事作戦。「絶対的な決意作戦(Operation Absolute Resolve)」と名付けられたこの作戦を実行するにあたり、米メディアによると、昨年8月に小規模のCIAのチームがベネズエラ国内に潜入し、マドゥロ氏をスムーズに拘束できるだけの同氏の生活パターンの情報を事前に入手していたという。
トランプ政権は、麻薬組織を「主導」するマドゥロ氏を米国内の司法で裁き、ベネズエラから米国内への麻薬流入防止を大義に掲げるが、真の狙いはベネズエラの豊富な石油の利権確保にありそうだ。ベネズエラの原油埋蔵量は3千億バレル以上あるとみられ、世界で最も多い。だが、1999年に就任した反米左派のチャベス大統領は「21世紀の社会主義」建設を掲げ、ベネズエラ国営石油公社(PDVSA)をめぐって石油メジャーとの契約を一方的に変更して米国企業などを締め出した。以来、米国はチャベス政権とその後継であるマドゥロ政権と激しく対立。トランプ氏は軍事作戦直後の1月3日の会見で、自らベネズエラの石油ビジネスについて言及し、「ベネズエラの石油ビジネスは、長い間にわたって破綻してきた。我々には非常に大規模な米国の石油企業があり、数十億ドルを費やし、ひどく壊れた石油インフラを修理し、ベネズエラのためにカネを稼ぎ始める」と強調。さらに「我々はあの国(ベネズエラ)に膨大な量のエネルギーをもっている。我々がそれを守ることは極めて重要だ」とも述べ、今回の軍事作戦は、ベネズエラの石油利権を手に入れることも目的の一つだったと明け透けに語った。
トランプ氏の会見で最も重要なのは、西半球を米国の勢力圏とみなしてその権益を守る「モンロー主義」の重要性について熱弁を振るった点にある。トランプ氏は「我々はモンロー主義をもはや忘れることはない。新NSSのもと、西半球における米国の優越性(dominance)について二度と疑問を持たれることはないだろう」と強調した。
本誌1月号でも触れたが、「モンロー主義」とは1823年、第5代モンロー大統領が出した第7次年次教書を指す。米国は欧州の国内政治に干渉しない代わりに、欧米諸国は西半球諸国に干渉すべきではないという米国の孤立主義を表明したものだ。
ただ、トランプ氏の強調する「モンロー主義」は、単なる孤立主義という意味で使っているわけではない。トランプ政権は昨年12月に公表した新NSSでは「モンロー主義のトランプ系(Trump Corollary to the Monroe Doctrine)」という考え方を示し、米国は西半球を米国の勢力圏とみなして権益確保する姿勢を打ち出した。とくにベネズエラは、同じ専制主義国家であるロシア、中国、イランと深い関係をもっており、トランプ氏としてはこれらの敵対勢力の影響を米国の「裏庭」から排除したいという考えもあったとみられる。トランプ氏は新NSSの「モンロー主義のトランプ系」について自身のファーストネームをもじって「ドンロー主義(the Donroe Doctrine)」と呼び、「我々は良き隣国に囲まれていたいのだ」と強調。仮に米国がその国を「良き隣国」と判断しなければ、米国には国境を越えて警察力を行使する権利があるとの考えを示した。

トランプ氏の強みは、何をしでかすかわからないという予測不能性にある(首相官邸HPより)
西半球における米国の軍事作戦は、これで終わらない可能性がある。不気味なのが、トランプ氏が次なる標的として、左派政権のコロンビアやキューバ、デンマーク自治領グリーンランドを名指ししていることだ。とくにグリーンランドは、日本を含めた米国の同盟国にとって最も大きな気がかりだ。グリーンランドは北極海と大西洋をつなぐ戦略的要衝に位置し、周辺海域は近年の地球温暖化の影響による氷解で航路としての重要性がますます増している。米国が欲するレアアースを含む鉱物資源も豊富だ。米国がこのグリーランドの併合に力ずくで乗り出すことがあれば、盟主たる米国が自身の同盟国の主権にも堂々と挑戦することにほかならない。この連載初回で、ある西側諸国の政府関係者が米国によるグリーランド併合について懸念するという、「暗闇の森」のタイトルにもつながるエピソードを紹介したが、こうした懸念はもはや絵空事で済まされない。
トランプ政権は「力による平和」を重視し、これまでも世界各地で数々の軍事作戦を展開してきたが、レジームチェンジ(体制転換)の試みは今回が初めてという点も特筆に値する。第1次政権ではシリアのアサド政権への空爆、イスラム革命防衛隊のソレイマニ司令官暗殺を行い、第2次政権でも昨年6月にイラン核施設の空爆に踏み切るなどしてきたが、いずれも対立国の政権転覆までは狙っていなかった。
そもそもトランプ氏は、レジームチェンジを目的にしたイラク戦争やアフガニスタン戦争を批判して大統領になった人物だ。16年大統領選では必要であれば軍事介入もいとわないとみられていた国際主義派のヒラリー・クリントン元国務長官を「戦争屋(warmonger)」と揶揄して中東地域からの米軍撤退を公約に掲げ、第1次政権ではネオコンのボルトン国家安全保障問題担当大統領補佐官を更迭した。
こうした過去の言動をもとに、トランプ氏がいくら予測不能の動きをするとはいえ、泥沼化した対テロ戦争を教訓に、対立国の政権転覆にまで深入りしないというのが、多くの専門家たちの見方だった。しかし、今回はマドゥロ氏を排除して政権転覆を試みたうえ、ベネズエラの「国家経営」にまで意欲を示し、これまでの一線を大きく超えた。
米国内では今回の軍事作戦をめぐって評価は大きく分かれる。ロイター通信が直後に行った世論調査によると、「支持」は33%、「不支持」は34%、「分からない/回答しない」は33%とそれぞれ拮抗する。党派別で見れば、冒頭の元民主党政権高官のように、民主党支持者は「支持」が11%、「不支持」が65%と圧倒的に「不支持」であるのに対し、逆に共和党支持者は「支持」が65%、「不支持」が6%と「支持」が圧倒的だ。
興味深いのが、トランプ氏の支持基盤であり、共和党支持者とも重なるMAGA(Make America Great Again)支持者の反応だ。
トランプ氏のこれまでの軍事不介入路線を支持する人たちが多いにもかかわらず、今回の軍事作戦に批判的なのはトランプ氏と決別したマージョリー・テイラー・グリーン下院議員くらいにとどまる。MAGA支持者に強い影響力をもつスティーブ・バノン元大統領首席戦略官は、自身のポッドキャスト番組で「世界中で米軍だけしかなしえる能力を持っていない。息をのむような軍事作戦」と称賛した。
多くのMAGA支持者が今回の軍事作戦を支持するのは、米国本土を安全にする麻薬対策のために行われた警察力の行使と受け止めていることに加え、西半球という米国の勢力圏の権益確保は欧州や中東地域への軍事介入とは異なると考えているからとみられる。また、MAGAは2期目のトランプ氏が共和党内で絶対的権力者として君臨する中、トランプ氏の個人崇拝運動としての性格が強まっている点も見逃せない。
とはいえ、今回の軍事作戦が明らかな国際法違反であることは論を俟たない。国連憲章第2条4項は武力行使禁止原則を定めており、この例外は自衛権行使と国連安保理決議に基づく行動に限定されている。中国はすぐさま米国の軍事作戦を「国連憲章違反」とする非難声明を出したが、この点は中国の主張が正しい。今回の軍事作戦のように、国内の法的根拠を理由に、外国の政治指導者を拉致して国外へ連れて去ることがまかり通るならば、国際社会は完全な無法地帯となってしまう。
今回の軍事作戦は、米国の単独行動主義の悪しき例として歴史に刻印されるだろう。そもそも米国は、自国を他国や国際機関から超越した存在とみなす「アメリカン・プライマシー(American Primacy=米国の卓越した地位)」という考え方をもつ。これが米国の単独行動主義の原動力となり、イラク戦争やアフガニスタン戦争へと米国を駆り立てた。
しかし、当時の米国には少なくとも国際社会の理解を得ようという努力があった。だが、今回は麻薬対策にしろ、石油利権の確保にしろ、露骨に米国の国益だけを追い求めた末の軍事行動だ。トランプ氏はその動機を隠そうともしないし、各国の理解も必要としていない。そこには噓でも良いから「自由と民主主義を取り戻す」といった普遍的な理念のかけらもない。
今回の軍事作戦が国際社会に与える影響は、短期的、中長期的と二つの時間軸に分けて考えることができる。
短期的には、中国やロシア、イランといった専制主義国家がトランプ氏個人を怒らせるような行動は慎むだろうということだ。米国際政治学者のイアン・ブレマー氏は、今回の軍事作戦が行われた最大の要因について、麻薬対策や石油でも、ましてや民主主義などのためよりも、マドゥロ氏がトランプ氏のダンスをまねるなど小ばかにした態度を取ったことにトランプ氏が激怒したからだとの見方を示している。トランプ氏を本気で怒らせれば、米国は圧倒的な軍事力を行使して政権崩壊までさせてしまうという恐るべき現実を見せつけられれば、中国の習近平国家主席やロシアのプーチン大統領も驚くほかない。
トランプ氏の強みは、何をしでかすかわからないという予測不能性にある。今回の軍事作戦によってトランプ氏の予測不能性はますます高まり、専制主義国家を含めた各国政治指導者たちは一時的にはトランプ氏を刺激するような行動を取ることをなるべく避けようとするに違いない。
一方、中長期的な影響は、こちらの方がもっと深刻なものだが、二つある。
一つ目は、リベラル国際秩序の形成を主導してきた米国自身が「法の支配」を踏みにじり、中国やロシアなどの専制主義国家に対し「力による現状変更」の試みに正当性を与えるような「お手本」を示したという点だ。
例えば、今回の米国の行為を中国とロシアに当てはめれば、中国は台湾の頼清徳総統を、ロシアはウクライナのゼレンスキー大統領をそれぞれ拉致して自国へと連れ出し、自国の法律のもとに裁判にかけて重罰を科してよいことになる。まさに中国は台湾を取り囲む大規模軍事演習を行い、ロシアはウクライナ侵略を続けている最中、米国がこうした危険なメッセージを発したことは、極めて憂慮されるべきことだ。
二つ目は、米国は今回の国際法無視の軍事作戦によって各国からの信頼は失墜し、中長期的には国際的な孤立を深めていく公算が大きいということだ。軍事作戦後、トランプ氏は66の国連組織や国際機関、条約などからの脱退を指示する大統領令に署名したが、これも国際社会に大きな衝撃を与えた。既存のリベラル国際秩序を自らの手で徹底的に破壊して自分の利益しか顧みない米国が、国際的な信用を急激に失っていくのは必至だ。トランプ氏から次の大統領へと代わっても、米国が失った信頼を取り戻すのは容易なことではない。その間、米国の抜けた「空白」を埋めようと影響力を発揮するのが、中国だろう。皮肉なことに、専制主義国家の中国が既存のリベラル国際秩序の守り手のように振る舞い、次なる盟主としての地位を固めていくことになる。
今回の米国の軍事作戦をめぐり、日本政府内には、トランプ氏に対する恐怖が中国の軍事活動への抑止に作用することへの期待感がある。米国を唯一の同盟国とする日本としては、トランプ氏にひたすら恭順の意を示し、同氏を喜ばせることが、日本の平和と安定を確保するうえで最も現実主義的な対応だという考え方にも一理あるだろう。
しかし、今回の米国による軍事作戦は、「力がすべて」という新たな帝国主義的世界を作り出すゲームチェンジャーとなる可能性がある。中堅国家の日本は、大国のパワーだけが重視され、「法の支配」が軽んじられる世界のもとでは、極めて不利な立場に立たされることになる。トランプ氏個人が中国に対して恐怖を与えているとしても、新NSSでは米国が西半球の防衛に専念する「ドンロー主義」を提唱しており、米国が今後もインド太平洋地域に関与し、日本有事に駆けつけてくれる信頼できるパートナーであり続けるかどうかはわからない。米中両国が自分たちの勢力圏を認め合う大国政治を展開すれば、日本はいずれかの時点で中国の勢力圏内に呑み込まれてしまう恐れがある。
米国の軍事作戦について、高市首相は1月4日、Xに談話を投稿。米国の行動への賛否といった直接的論評を避けつつ、「我が国は、従来から自由、民主主義、法の支配といった基本的価値や原則を尊重してきた」と言及し、日本政府としては今回の米国の軍事作戦をめぐっても「法の支配」を重視している姿勢を暗に示した。米国を決して表だって批判することはできない、このあいまいな表現にこそ、大国による「力がすべて」の世界が本格的に到来するかもしれない不穏な国際情勢の中、日本の苦渋する姿がにじみ出ている。